2018年11月23日のブログ

卓球 「水谷隼選手」のアスリート魂!!


水谷選手は勝つ為に生まれ変わりたいと、魂の練習を続けていた。
先日、夜1時〜水谷選手の頑張りを映し出していました。

現在、卓球の世界に変革の波が押し寄せています。
前陣速攻卓球で、世界に敵なしの中国でしたが、その中国を上回るような「超高速卓球」が行われています。

日本のエースの水谷隼選手は、台から離れて打たれたボールを粘り強く拾い続けるプレースタイルでした。
その粘り強さを支えるのは、得意稀な「予測能力」
水谷選手は言う…
その「予測能力」とは、相手の攻撃が殆ど読めるという。
「出るんですよ 体から発する」と…

リオ五輪で銅メダルを掛けた「サムソノフ選手」との試合で、バックハンド側を攻められていたが、ストレートのフォアに来るという心配はしていなかったそうです。
つまり、水谷選手は相手の心理を深く読み込んでいた。
相手は自分との打ち合いを恐れていて、ストレートは距離が短くリスクが有るので、点数を考えると後1本ミスしたら…
相手は絶対にミスはできない状況にあるというのです。
しかも、水谷選手が拾っていて相手が打っている有利な状況で、厳しいストレートには来ないだろうという事です。

水谷選手のこの読みに世界の選手も舌を巻いていたという。
ロンドン五輪銅メダリストのオフチャロフ選手も、「水谷選手は僕が打った所にいつも水谷選手はいるんだ」と言っていた。
また、世界選手権 銅メダリスト「テイモ・ボル選手」も、水谷選手の予測能力は世界でも3本の指に入るよ」とも言っていた。

水谷選手のこれまでのプレースタイルでは、自分の経験や相手の癖から判断して8割は当っていたと思う、ほぼ当たっていた。

その1年半後に水谷選手の強みのプレースタイルが通用しないという壁にぶつかった。
今年1月の全日本選手権で当時14歳だった張本智和選手の出現で、高速卓球が襲いかかり日本の大エースをのみ込んだ。
水谷選手の連覇は止められ全日本チャンピョンの座を明渡し輝きを失った。

水谷選手は、『1番は輝きたい』
『みんなが東京での金メダルを期待してくれているので…』
『その期待を裏切る訳にはいかない、ここからもう一度強くなって輝きたい』という。


若い張本選手に惨敗した。
「このままでは、何回やっても勝てないと思います」とインタビユーで…
高速卓球にどう立ち向かうのか、水谷選手は30歳を前にプレースタイルを変更しようと単身ロシアの地に降り立った。

拠点は、モスクワから1200キロ離れたロシア南部「オレンブルグ」という町でのホテル住まいでした。
荷物も、大きなカバン2つだけで、ロシアのプロチーム「ガスプロム」に所属していた。
チームメイトは、オフチャロフ選手やサムソノフ選手がいた。
ヨーロッパの競合が集まるロシアで自ら高速卓球に挑んだ。

練習場で、チームメイトのサムソノフ選手と懸命に打ち合っていた。
そのサムソノフ選手とは、2016年リオ五輪で銅メダルを掛けた3位決定戦に臨んで戦った相手でした。

若い選手との惨敗を解くカギを握るのは、台の前で繰り出すバックハンド「チキータ」と考えた水谷選手。

ロシアで来る日も来る日も「チキータ」を練習していた。
最初はボールが曲がらず相手に強打されたリ、コースを狙われたり…
なぜ 水谷選手の「チキータ」は簡単に打ち返されるのか?
10年前痛めていた肩を、かばうあまり効果的なチキータが出来ない様子でした。。
肘を上げる動作をすると負担がかかり、炎症しこれ以上肩が動かなくなる様です。

オフチャロフ選手より…
「隼は横に動いている、前に出たほうがいいよ」と教えて貰っていました。
しかし、思うように結果だ出せない(-_-)
肩の古傷が悪化したり、左股関節を痛めたりもしました。
それでも水谷選手は諦めなかった!!!

「オフチャロフ選手」「サムソノフ選手」と同じ「ロシアのガスプロム」は、欧州チャンピョンズリーグで前回も優勝し2連覇を狙います。
相手は「ドイツのボルシア」で世界ランク4位「テイモ・ボル選手」もいる強豪です。
決勝は2日に渡り行われます。
1日目はドイツが勝利。
2日目の1番手に水谷選手が起用されました。
後ろに下がらない高速卓球で、練習を重ねたチキータを使って試合をしていましたが、中々勝つことが出来ず、チームも負けて連覇は果たせなかった様です。

でも、水谷選手のアスリート魂はめげない。
可動域を広げるストレッチや、手首を強くする道具で鍛え、打球の回転数をあげようとしていた。
また、光を防ぐ特殊なレンズを使った眼鏡もつけてみたりしていました。
相手の回転を見極めやすくする為だそうです。
実際、4月の世界選手権(スウェーデン)大会で、この眼鏡を使用して、周りから冷やかされたそうです。
でも、隼選手は勝つ為ならどんな事でも遣ると、勝利への執念を語っていました。

日本で初めての五輪メダルを取った後は、才能あふれる若手の台頭で、追われる立場の怖さと辛さを味わっている事と思います。
しかし、水谷選手は”誰よりも勝ちたい”と生まれ変わろうとしていた。
そして、今も戦い続けています☆彡

水谷選手は生まれつきの天才なんだと思っていましたが、凄〜い努力をしているんデスネ!
これからは、しっかり応援したくなりました〜(^O^)/
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